Dec 16, 2010
どの地域にいる看護師求人
看護師求人とは、ある地域でも必ずあると思います。特に、地方や田舎では看護師の求人は多いような気がします。体力的にも精神的にも大変なことだが、看護師がなければ、病院の周りです。より多くの人が看護師になるきっかけと勉強しやすい環境がいいと思います。これから看護師になりたいと考えている人にはぜひ与えてほしいです。ここ数年の医師不足を聞いていますが、医師の採用だとどのくらい集まるのだろうか。あまり縁のない世界の話なので、もう一度考えてみた。職業安定所の医師求人の枠があったのだろうか。何度も通ったことがあったが、医師の求人とは見たことがなかった。縁がなかったので目に留まらないないただのものだったのか。医師と同じフロアでの求人情報を見ていたのかもしれない。
衆院外務委員会は30日、在日米軍駐留経費の日本側負担(思いやり予算)に関する新特別協定案を、与党や自民党などの賛成多数で可決した。31日に衆院本会議で可決する。参院でも同日中に可決され、国会承認される見通しだ。
防衛省が政治的発言をするおそれがある人を自衛隊関連施設の行事に参加させないよう求めた通達に対し自民党が反発。参院審議入りのめどが立っていなかった。与党は衆院外務委採決が当初予定の25日から先送りされた時点でいったんは年度内承認を断念したが、防衛省が通達内容の一部緩和に応じる姿勢を見せ、自民党も参院審議入りを受け入れた。
新協定案は、日本側が11年度以降も現行水準(10年度予算1881億円)を今後5年間維持する内容。【坂口裕彦】
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栃木県益子町の陶芸家、鈴木稔さん(48)はあの日、外出先から車で帰宅途中に強烈な揺れに襲われた。とっさに車を降りて自宅に駆けつけると、命綱である窯は原形をとどめないほど崩れ、丹精込めた作品は砕け散っていた。「積み上げてきた自分のキャリアも崩れた感じがしました」。東日本大震災では“焼き物の里”として知られる益子町や茨城県笠間市の窯も、壊滅的な被害を受けた。【岩壁峻、山崎明子】
【図解でわかる】巨大地震
鈴木さんの工房では、丹精込めて作った500点もの益子焼の湯飲みや皿などが粉々になって散乱していた。自慢の「登り窯」は積み上げたレンガが無残に崩れ落ちていた。登り窯は内部が階段状になっていて薪の火が作品に不規則に当たるため、釉薬(ゆうやく)の広がりが独特の風合いを見せるのが特徴。鈴木さんがこだわる伝統技法の一つだった。
◇被害7.7億円 益子
益子焼販売店協同組合などの試算によると、窯が倒壊したり商品が割れたなど、震災の被害総額は約7億7000万円。町内に約40基あるとされる登り窯も、町商工会窯業部会長の塚本倫行(のりゆき)さん(48)は「被害を受けていない窯はなく、ほぼ全滅に近いのでは」とみる。登り窯を修復できる職人は町内に2人しかおらず、復旧のメドは立っていない。
震災から数日後。落胆していた鈴木さんの元に、地元の陶芸仲間や長年つき合いのあるファンが駆け付けた。割れた焼き物を片付け、励ましの言葉をかけてくれる仲間たちと過ごすうち、少しずつ気持ちがほぐれていった。原発事故や余震は収束していないが「不安や弱さを共有できる仲間の大切さを再確認できました」という。
◇再建へ意欲
益子焼販売店の有志らで陶芸家たちを支援する「復興基金」の動きが来月から本格化する見通しだ。全国の益子焼ファンにも協力を呼び掛けるという。鈴木さんも登り窯を再建し、12月に東京都内で個展を開くつもりだ。
「作品を発表していくことで益子の魅力をアピールしたい」
笠間焼の産地・茨城県笠間市は、震災で県内最大の震度6強を観測した。市内で約50人が負傷し、約2130棟の家屋が半壊・一部損壊した。市役所笠間支所まで損壊し、公民館に移転した。
多くの窯も損傷し、中でも観光スポットになっていた20カ所の登り窯は全滅した。毎年ゴールデンウイークに開かれ、全国から約30万人が集まる「陶炎祭(ひまつり)」に向け、陶芸家が制作の追い込みをかけていたところだった。笠間焼協同組合によると、陶炎祭に出展を予定していた県内214人の作家のうち、約20人がキャンセルした。
食器店も大きな被害を受けた。大手陶器ショップ「きらら館」では商品の半分が割れた。縁が欠けた食器を店員が磨いて陳列棚に載せ、被災者に無料で提供している。岡部雄一社長(38)は「こんな時だから本当に困っている人には『とりあえず使い』に利用してほしい」と話す。
陶炎祭実行委員長の田山健司さん(46)は所有する大小二つの登り窯がいずれも崩壊した。電気窯も損傷した。笠間市内の陶房では展示中の作品の3分の1が落ちて割れた。「一生懸命作って、一個一個思い入れがあるのに」
◇「パワーを東北に」
田山さんたちは、予定通り陶炎祭を開催することを決めた。田山さん自身も登り窯の復旧の見通しが立っていないが、とりあえず電気窯を修復し、4月から制作を再開するつもりだ。
「われわれにできることは仕事をし、経済を元に戻すこと。そしてこのパワーを東北に送りたい」
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