Oct 11, 2010
日程の調整や海外ホテルのことを考え
海外ホテルの予算は、日本と同様の日程で、他の部分がほとんどのようですね。自分がいつ宿泊するかを事前に確認しておきましょう。文化的な違いも存在しています。相手国を尊重する意識が必要になってくるでしょう。海外ホテルをよく知っている人の意見もぜひ聞きたいですね。知っている情報を公開していくことも有効な手段なのでしょうか。2年前にシンガポールを訪問しました。初の海外旅行だったので緊張終わりでした。そんな中で泊まったのがオーチャードロードの近くにある某海外ホテルだったのですが、やはり日本とは違うんだなと実感する経験をしました。部屋に案内され、荷物を置いてさて、観光に行こうかと部屋を出るとドアの鍵がかからないよ。ホテルの鍵はオートロック外部からのカードキー列のタイプムンイオトダジマン、鍵など必要なく、開いてしまいます。これは大変だということで、前面に出て一度は再度してもらったが、それも滞在中に何回も故障して壊す。日本だったら部屋を変えてくれるのですどのような取り組みを与えるが、その海外のホテルでは、通常、そのまま、それを繰り返す予定滞在期間を終了しました。それまで、日本のサービスの質が良いというから、特に意識をしたことはなかったが、この時から日本のそれぞれの接客サービスを受けるたびに、ああいい国だと実感しています。
個性派俳優として年を刻むごとに輝きと味わいを放っていた俳優の原田芳雄さんが昨日午前、上行結腸がんから併発した肺炎のため、都内の病院で71歳で死去した。長男でミュージシャンの原田喧太から報道陣に向けてコメントが発表されたのに加え、原田さんの最後の映画出演作となった『大鹿村騒動記』で共演した松たか子も、追悼の談話を発表した。
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喧太さんのコメントでは、先週11日(月)の『大鹿村騒動記』の舞台挨拶に関して、医師から「99%無理」と言われながらも見事に舞台に上がった父の偉大さが綴られている。
以下、喧太さんのコメント全文
マスコミ関係の皆様
本日午前9時35分、父原田芳雄が上行結腸癌から併発する肺炎で亡くなりました。3年前に大腸癌の手術後、長い間抗がん剤治療をして癌と戦って来ましたが、残念な結果となってしまいした。
しかし、最後の最後までの役者魂の凄さには本当に頭が下がります。今回の入院で何度も山を乗り越えて、11日の舞台挨拶は99%無理と言われたのですが、自らの力を振り絞って、見事舞台に上がって皆を驚かせたものです。担当の医師の方々も見事な闘病生活でしたと言ってくれてます。
今まで関わって下さった方々、お世話になった方々、そして、原田芳雄を応援してくださった皆様、心よりお礼申し上げます。
最後に、役者 原田芳雄の魂は永遠生き続けますので、これからも応援宜しくお願いします。
感謝
原田喧太
松さんは『大鹿村騒動記』で、原田さん演じる主人公・善の元を何かと訪れ、面倒を見る村役場の職員・美江役で出演。11日(月)の舞台挨拶には松さんも登壇したが、映画の公開を無事に見届けて旅立った原田さんの役者魂を「決して忘れない」と語る。
以下、松さんのコメント全文
哀しいしらせに、言葉もありません。
しかしながら、映画の完成、そして船出を見届けた、芳雄さんの魂の強さを、私は決して忘れません。
心より御冥福をお祈り申し上げます。
芳雄さん、お疲れ様でした。ありがとうございました。
松 たか子
原田さんは1968年に『復讐の歌が聞こえる』で銀幕デビューを果たし、その後はアウトロー的な役柄を数多くこなし、個性派俳優として映画、ドラマで人気を博した。黒木和雄監督による『TOMORROW 明日』、『美しい夏キリシマ』、『父と暮せば』の“戦争レクイエム三部作”や鈴木清順監督の『ツィゴイネルワイゼン』、『陽炎座』など100本を超える映画に出演。近年でも2007年と2008年にはそれぞれ3本の出演作が公開されるなど、精力的に活動していた。特に最近では頑固なオヤジや祖父の役で、味わいのある演技を見せていた。
最後の映画となった『大鹿村騒動記』は原田さんがNHKのドラマ「おシャシャのシャン!」(2008年放送)に出演した際に、300年以上の伝統を誇る長野県の山間の大鹿村の“大鹿歌舞伎”と出会ったことが企画のきっかけとなった。原田さん自ら阪本順治監督に提案し、豪華キャストを迎えて製作された。
昨年秋に大鹿村で撮影され、今年5月4日には大鹿村で完成披露試写会と舞台挨拶が行われ、原田さんは阪本監督、大楠道代、岸部一徳と共に村に凱旋し、元気な姿を見せていたが帰京後に入院。先週11日(月)の本作の舞台挨拶には車いすに乗って登壇し、声が出ないために共演者で“盟友”の石橋蓮司がコメントを代読した。16日(土)の初日舞台挨拶は欠席し、その後、体調が急変し昨日午前、帰らぬ人に。まさに映画の船出を見届けての旅立ちとなった。
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歌舞伎俳優の中村獅童が20日、都内で行われた秋季巡業『松竹花形歌舞伎』製作発表記者会見に出席した。今回の演目は昨年2月に初演した「瞼の母」と赤坂・日枝神社の山王祭を題材にした「お祭り」。獅童は「去年の2月から今回まで、いろいろな経験をさせてもらった。どれだけ成長できているか、その時の自分に正直に演じたい。経験してきたもの、感じ取ってきたものが舞台に表れると思うので、体当たりで演じたい」と真摯な表情で意気込みを語った。
【写真】タイトなスーツ姿 全身ショット
叔父の初代・中村錦之介の代表作として知られる新歌舞伎「瞼の母」に再び挑む獅童は「早い時期にもう1回やらせていただきたいと思っていた」と笑みを浮かべ「巡業に初めて回ったのが僕が19歳の時。叔父の錦之介と共にして、役者として深い話をした。叔父と深い話をしたのは、それが最初で最後になったけど、今回、他の役者さんとゆっくり話せるのが楽しみ」と初日を待ちきれない様子だった。
1998年に同演目の主人公・忠太郎を中村勘三郎が演じた際、忠太郎の弟分・半次郎役に抜擢されていた獅童は「それまでこんな大きな役をやったこともなくて、手も足も出なかった」と当時を振り返った。さらには勘三郎の姉・波乃久里子に「(自分は)役者に向いてないと思うくらいしかられた。いい大人が大粒の涙を流しました」と、ほろ苦いエピソードも紹介。「その時の思いを忘れず、全身全霊でぶつかりたい」と笑いを誘いながら、気を引き締めていた。
『松竹花形歌舞伎』は、11月1日(火)の東京・サンパール荒川を皮切りに25日(金)まで全国20ヶ所で上演される。
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