Nov 18, 2010

12月の泊まるホテルの予約をした

12月の妹が結婚するように結婚式の会場は、東京ディズニーランド近くのホテルのために結婚式の前日に泊まるホテルの予約をしている。新幹線とホテルが一緒になったパックを発見したが、宿泊してホテルを見つけることができなかったので、最終的に別々にとることホテルの予約をしなければならなかった。第1希望はすでに予約がいっぱいだったので第二希望のホテルに留まるようにした。
昔、インターネットで名古屋の友人がいたのでよく名古屋まで行って、名古屋のホテルに宿泊して遊びました。しかし、些細なことで対立してしまい、再び名古屋なんか行くのだろうかと思っていました。その時からの友達と全く一致していませんが、日に名古屋のホテルを利用します。友人から教えられた店はもう忘れてしまいました。
 4月10日投開票の福岡県知事選への立候補を検討していた鳩山邦夫・元総務相の次男、二郎氏(32)は19日、同県久留米市で取材に応じ、立候補を断念する意向を明らかにした。

 二郎氏は「既存政党の相乗りに一石を投じたいという思いだったが、経験や準備が不足していた」と述べた。当面、邦夫氏の秘書としての活動を続けるという。

 同知事選には、民主、自民、公明、社民、国民新の5党から支持を受ける元内閣広報官・小川洋氏(61)と、共産党の推薦を受ける元北九州市議・田村貴昭氏(49)が立候補を表明している。

【東日本大震災】

 福島県の福島第一原発の放射能漏れ事故で、東北の地震の被害が比較的少ない県を中心に18日夜から受け入れが始まった。秋田県では福島県南相馬市から避難してきた人たちが旅館に宿泊した。

 秋田県は18日午後6時から秋田市のJR秋田駅に隣接する拠点センター「アルヴェ」で、被災者に対する無料宿泊施設の紹介事務を開始した。

 最初に訪れたのは、福島県南相馬市原町区の2家族、8人のグループ。ガソリンスタンド店員の但野(ただの)隆之さん(22)ら3人と電力関係の会社員、横山敏充さん(62)ら5人で、8人は親せき。

 横山さんの娘、恵子さん(35)が秋田市内の男性に嫁いだ縁で秋田を目指し、恵子さんの勧めで県の窓口を紹介されたという。8人は同市内の旅館に宿泊する。

 但野さんら7人は地震翌日の12日、避難所となっている福島市内のホテルロビーに身を寄せた。だが放射能漏れが深刻になり、15日に車2台で秋田を目指した。横山さんだけは17日に合流した。

 但野さんは「秋田に入ると店が開いているのでホッとした。余震もないし」と疲労の中にも安堵(あんど)の表情。「とりあえず、原発の放射能が落ち着くのを待ちたい」と話した。

 横山さんは福島県南相馬市の様子を「自分が出てくるころは、みんな逃げたのかシャッターが閉まって、街には誰もいなかった」と振り返る。これからの生活については「やっぱり自宅のほうがいい。1つの部屋に8人もいっしょにいるとなると…」と不安げだ。

 但野さんと横山さんの自宅は津波による損傷はなく、2人とも「できるだけ早く家に帰りたい」と口をそろえた。

 秋田県は、津波などの被災者か原発20キロ圏内の避難指示区域からの避難者に限り受け入れ、民間施設には1泊朝・夕食付き2500円の費用を上限に全額補助、市町村施設が受け入れる場合、半分の1250円を補助する。県全体では2万4千人を受け入れる計画。

 申し込みは(電)018・860・4505(被災者受け入れ支援チーム)。受付は午前9時から午後9時。

    ◇

 青森県も18日夜、福島県からの避難者を受け入れることを決めた。2千人規模で受け入れる。すでに県内のホテル、旅館に打診済みで、受け入れ態勢の準備を進めている。

 県によると、同原発の半径10〜20キロ圏内は簡易検査、10キロ圏内は衣服などに放射性物質の付着がないかを調べるスクリーニング検査を実施した上で受け入れる。

 また、避難が長期化した場合は、県営住宅や市営住宅など公営施設の利用も検討しており、蝦名武副知事は「ここ1、2週間の状況を見極めた上で対応策を決めたい」としている。

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 「良かった。生きてた」。津波の爪痕が残る宮城県気仙沼市・大島の港に19日、涙を流しながら抱き合う親子の歓声が響いた。

 気仙沼港発の客船「ひまわり」から自宅のある大島に下り立ったのは大久保希(のぞみ)さん(38)。娘の帰りを船着き場で待っていた母の小野寺貞子さん(70)は希さんに駆け寄り、顔をしわくちゃにしながら何度も頭をなでた。

 地震が起きた時、気仙沼港近くの水産物加工場で働いていた希さんは、避難する際に津波に巻き込まれながら、タイヤにつかまりショベルカーに上って助かった。

 小野寺さんは3日後に、気仙沼市内の避難所から戻った知人から娘の生存を聞かされたが、「死んだものと思っていた。九死に一生を得た思い」と顔を赤くして涙をぬぐっていた。【森田剛史】

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Posted at 10:02 in Cesium | WriteBacks (0) | Edit
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