Mar 18, 2011

派遣は社会を発展させる

派遣によって利益を受けるのは社会全体だと思います。日本では終身雇用の正社員が一般的に認知されているところがあるが、今のように細分化され、技術進歩が速い時代には変化が要求されるものです。このため、派遣により、常に変化がある会社は、時代を生きていく力がつくものであり、そのような会社が多くの社会では発展が続くと考えています。
自分は派遣会社に登録している失業者です。一般の会社に就職すればいいのですが、なんとなくフリーターに満足しています。派遣会社から要求される事は色々あって、非常に楽しませています。派遣なので、あまり同じ場所に長く勤務しているわけではないが、慣れてしまえば、このまま仕事をしたいこともあります。
 「マツダオールスターゲーム2011」に出場する「最後の1人」をインターネットによるファン投票で選ぶ「プラスワン投票(正式名・スカイアクティブテクノロジー プラスワン チャレンジ)」の結果が13日、発表された。セ・リーグは巨人・沢村拓一投手(23)、パ・リーグは日本ハム・斎藤佑樹投手(23)が選ばれ、ともに夢の舞台での全力プレーを誓った。

 沢村は人さし指を1本立てた。「1回目です」。ファン投票による「プラスワン投票」で選出され、球宴最後の1枠に滑り込んだ。巨人の新人としては03年の木佐貫(現オリックス)以来8年ぶり。「選ばれると思ってなかったのでビックリしています。1年目で、どんな形であれ、選んでいただいたことはうれしい」と感謝と喜びを語った。

 5勝6敗と負けが先行しているが、防御率2・22、奪三振はリーグ2位の85。文句なしの出場だ。「素晴らしい選手がたくさんいるので、少しでも多くのことを勉強して、チームに帰ってきたときに貢献できるように」と一流選手との“競演”を心待ちにした。

 パ・リーグの最後の1枠からは、同じ新人の日本ハム・斎藤が選出された。「佑ちゃんも頑張ってほしい。同級生のマー君(楽天・田中)もいるので、仲良くさせていただきたい」。対戦したい打者については「打率の低いバッター、本塁打の少ないバッターと対戦したいです。真っ向勝負? そのときの調子によって考えたい」と控えめに話したが、夢の大舞台に力が入らないわけがない。力と力のぶつかり合いに期待は膨らむ。

 ◆プラスワン投票選考経過 球宴公式サイトを通じて7月5〜11日に行われた。投票対象選手の条件は〈1〉5月31日までに支配下選手に登録された〈2〉6月に実施したファン投票と選手間投票、監督推薦で選ばれなかった〈3〉7月4日までに、投手なら5試合以上または10投球回以上登板、打者なら10試合以上または20打席以上出場―の3条件すべて満たしていること。投票の結果、沢村、斎藤が2位以下に1000票以上の差をつけて当選を果たした。今球宴での新人の出場は阪神・榎田、西武・牧田と合わせて計4人。パ・リーグは1957年以来54年ぶりに外国人が1人も選出されなかった(セでは1983年に外国人0人だったことがある)。

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 ◆大相撲名古屋場所4日目 ○魁皇(突き落とし)豊ノ島●(13日・愛知県体育館) 大関・魁皇が千代の富士が持つ史上最多の通算1045勝に並んだ。あと1勝に迫りながら3連敗を喫し休場の危機に立たされていたが、西前頭2枚目の豊ノ島を突き落としで破り、難産の末に大記録に到達した。序ノ口時代の88年夏場所2日目に挙げた初白星から24年目、139場所目での金字塔だ。5日目の相手は東前頭2枚目の旭天鵬。91年夏に千代の富士が樹立した国技の不滅の記録を、38歳の大関が塗り替える。

 ようやくたどり着いた1045勝。拍手と歓声の土俵で魁皇が浮かべたのは苦笑いだった。

 「自分の場合は何やっても簡単にはいかない。自分らしいと言えば自分らしい…」

 88年春に入門も、同期の若貴、曙に大きく遅れた新入幕。7度目の挑戦でやっとつかんだ大関昇進。5回の優勝をしながらも見送られた横綱昇進。けがの連続で12度のカド番。数々の苦境を乗り越えて迎えた2011年名古屋場所。3連敗からの白星に24年間の力士人生が象徴されていた。

 負ければ休場の危機だった。座骨神経痛のしびれが取れず、3日目の打ち出し後も2日連続で奈良の整骨院で緊急治療を受けた。立ち合い。豊ノ島がつっかけ、3日目に続く仕切り直しを余儀なくされた。「しびれが出てダメだと思った」。危機を救ったのは38歳の相撲勘だった。左へ動くと思い切って左腕で突き落とした。「狙ったわけではないけど体が反応した」。わずか1秒1。通算1725回出場の熟練した男の技が一瞬の反応に表れた。

 実は引退を覚悟していた。八百長問題で春場所が中止。夏もNHKの中継のない5月技量審査場所となった。震災後の4月21日。被災地の岩手県大槌町を慰問した時に明かした。「オレはもうダメだ。気持ちがついていかない。大変な状況にいるこの方たちに自分の相撲を見せられなかったらオレなんかいる意味がない」

 5月場所は思い残すことなく土俵に上がろうと思った。そこで迎え入れてくれたのは館内からの拍手。傷ついた心に勇気がわいてきた。「応援してくれる人がいれば、その人のために土俵に上がろうと思った。それが支えだった」。ファンへの思いが1045勝を導いた。

 優勝31回。横綱・千代の富士(現九重親方)の記録に並んだ。「九重親方は余力を残されて辞められた方。オレなんか必死こいてやっと勝った一番。ここまでの相撲も大関としてはダメだし恥ずかしい限りだ」。確かにそうかもしれない。しかし、その謙虚さが「気は優しくて力持ち」というお相撲さんらしさで、ファンを魅了する。38歳の日本人力士最高位。5日目に前人未到の1046勝に挑む。「いつもと変わらない」。声援を送るすべての人たちを思い、土俵に立つ。

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